ジィジィのDOURAKUブログ

2007-11-08 シニアの語学学習ブログこと始じめ
2008-11-18 よる年なみに、叶わんのか!
2007-12-11 語学学習のツールとJyJy流のやり方
2008-11-24 帰国の日迄もうすぐ!やっぱり友人はいい!
2007-12-18 中国留学の準備 2008-12-04 きょうはマーシァと最後の相互学習
2007-12-23 巻き舌の「ル」の発音が出来ないよ!! 2008-12-20 暖かい日本に着いた日から、やること多し
2008-01-12 ロシア語で言った、ひとり言に気づく! 2009-01-03 老いる、それは「輝く老後」でありたいね!
2008-01-30 NHK<シベリア鉄道2008>が刺激的! 2009-01-22 インターネット時代の海外の友人って身近!
2008-03-04 北京からの留学報告その1 2009-05-21 また北京に来て、毎日がエンジョイ!
2008-03-29 山登りから帰ったら公安警察に拘束! 2009-06-17 世界一周しないで、した気分を味わえる北京
2008-04-23 北京からの留学報告その2 2009-07-27 ウルムチと電話やインターネットつながらない
2008-05-23 「目的じゃないヨ」言葉は単なる ツール
2009-09-05 ウルムチの状況を北京経由で得る
2008-10-22 不精なブログライターはやはり失格か?
2009-09-26 ネットで映画が観られるは「やっぱり便利!」
2008-11-13 不精者の充実した北京生活
2009-10-29 見損なった映画をネットで!
最新更新日:       2009.10.29






   2009-10-29

見損なった映画をネットで!

   日本で公開される映画を見損なってしまった。ちょうど北京 へ来る直前だったりで、NHKテ レビのドキュメンタリなども、見損なうことも多い。再上映や再放送もなかなかうまい具合に無い。 韓国映画の「弓」もそんな映画で、北京 でDVDを探したが「找不到」だ。先日「優酷網(YouKu)」ネットに「」が見つかった。 韓国語は聞いても理解できないが、 中国語の字幕がでるので助かる。老人と少女の物語。ストーリーはネットで検索されるので省くが、二人にあえ て まったく「台詞(せりふ)」を無くし、シンボリックに「弓」をイメージングさせる、抽象的な表現方法に新鮮さを映画の中に感じ た。抽象的宗教 的イメージングは東洋文化的であり、DOURAKUジィさんの好みの映画に入る。

   2009-09-26

ネットで映画が観られるのは「やっぱり便利!」

 北京留 学生がよく見ているネットでの映画を、最近ときどき観るようになった。中国 映画は「 Youku(優酷)com」に 中国語で、 ロシア映画は「Googleビデオ」に ロシア語で検索する。

 最近、2007年作品のロ シア映画「Невеста(ニェベスタ)」 花嫁という意味なのか?それを観た。 他に観た ロシア映画「euphoria」は ロシアの過酷な生活環境「広〜い〜!何もない〜って」だけを、感じされられてしまった一本。

 偶然道ですれちがった女子学生に従軍の若者が一目ぼれし、 彼女の乗ったバスを追いかける若者。女子学生もまんざらでない。 ある日青年の家に行くと、戦死した青年の遺影があり、家族が悲しんでいる。橋から氷の流れる川に飛び降り 死のうとする彼女。それを乗り越え時が流れる。救急で運ばれる彼女とカーテンを隔て応急で男が同室となるが、 顔も知 らず話した男は翌朝すでに退院しいない。家に帰り気になった彼女は、病院の 看護係に電話し名前を聞き出し驚く。それは、あの青年の名前だった。

 日本では、ロ シア映画はほとんど上映されない。若いころに「アンナカレーニナ」を観たくらいで、 ネットで簡単に観られるようになって、本当に便利!ただし日本語の字幕はない。


   2009-09-05

ウルムチの状況を北京経由で得る

 やっと、北京 ウイグル族との連絡が取れる。久しぶり、そう・・・三ヶ月ぶりの中 国語での電話のやりと りが出来た。 いまだに ウルムチでは インターネットの接続が、 ウイグル族はまったく出来ない状態のようで、 国際電話も接続不可能の状態が続いている。彼の 中国語による話によると、 ウルムチ ウイグル族の置かれている環境は緊張がつづいて、仕事にも影響があるようだ。家族の中にはとりあえず ウルムチから北京 に来て対処し、今後経過を見定めるような状態とのこと。日本にいると 中国語を話すことはほとんどない。言葉は使わないとどんどん発するスピードが遅くなる。 外国語でも 母国語と同じように、 中国語で聞いたら 中国語のまま感じて理解する。日本語の文章として訳す必要はない。話す時も 中国語で感じたことを 中国語で話す。日本語文章で話しを思い浮かべることはしない。だから 中国語と日本語間で訳すこ とは必要ない。

 先日、 北京か ら買ってきたDVD「我和爸爸(父と私)」を家内と一緒に観ようと思った。 北京で 10元(約150円)で買ったのなので日本語の字幕は当然無い。鑑賞後感の良い映画なのだが、家内は 中国語を聞いても、中文字幕を読んでも理解できない。「まあ、所々でも同時に通訳をやって上げれば 良いか!」 と思った。ところがストーリーが進むのに合わせての通訳ができないのに気が付いた。訳そうとしても、 中国語ですでに理解している事を、更に日本語に訳す動作が加わるので、まったく追いつかない。 なるほど、 ふだんは自分では、 中国語をわざわざ日本語に訳す行為をしてなかったのだ。実は上記したように、脳みその中では、 更に訳し直す必要がなかったのに気が付いたのだ。自分ひとりの場合は何の支障もないのに。「そ〜か、な〜るほど。」変に納得。

 改めて、同時通訳者というのは、すご〜い特別の能力だなと感心し た。 更に別な言語に、理解した内容を訳し、一方で聞きつつ声として発っしなければならないんだから。 それを刻々とやってのける。たいへんな技なんだと。

 結局、せりふの台本を手書きして、赤ペンで訳したせりふを書い て、 それを眺めながらDVDを観てもらうことにした。「きっと将来、ロシア語 のときにもそうなるんだろうか?」「そうなりたいものだ。」と思った。


   2009-07-27

ウルムチとの電話やインターネットがつながらない

   新疆ウイグル自治区( 東トルキスタン)にいる友人との連絡がとれない。当該地域での中国 武装警察 共産党を守るための軍隊(= 共産党民族解放軍)による弾圧虐殺をニュースで知り、何人かの友人の ウイグル人や タジク人の安全が心配で、彼(/彼女)らに電話したり インターネットの接続を試みるが通じない。中国 の軍とは中国憲法 上では党を守る軍隊 で国軍では無いのであるから、 共産党を脅かす国民は守らずに、逆に虐殺するのであろうか。時折、電話が一瞬つながる時も有るが、 すぐ切れてしまう。気がかりだ。北京 ウイグル族にも、 ウイグル族だけがどう言う理由なのか、海外からだけつながらなくなったようだ。

   報道 東トルキスタン関連組織の情報によれば、まだまだ暴動関連の警察弾圧は続いているようである。 北京 ウイグルの友人との連絡もなぜか取りにくい。 共産党 独裁 中国は、 日本の過去を「侵略国」と折に着け言うが、自国だって チベット 東トルキスタンの侵略国であるくせに。それを棚に上げ、 まして自国民を弾圧虐殺するとは困ったものだ。 中国で のイ ンターネット接続は当局がにぎっているので接続や安全は保障できない。 常にネットに何が接続されているか(接続して来るか)、 ネットをチェックする複数のツールソフトを使い、常時監視し確認しつつ使う必要がある。


   2009-06-17

世界一周しないで、した気分を味わえる北京

 豊富にお金があるわけじゃ無い から、世 界一周なん て出来ない。しかし、北京で は各国からの留 学生と知り合えて、日本では得られない事や感覚を味わえる。北京に 毎回、毎回来るたびに、その収穫はとても大きいものがある。日本に居てはけっして得られないだろう。三年越しのカ ザフスタンから来ている友人のアザマト達とは、いつになったらロ シア語で 話し合えるようになるだろうか。ますます流暢に中 国語が話せるようになった彼とは、今回は同じ班になったが、まだ若い彼は、来期はきっと1つか2つ上の 班に なるだろう。最近メールをくれた、もう一人のスタンの瑪莎(マーシャ)は、以前はJyJyより下の班だったのに、もう ずっと上の班になっている。彼女は、快くいつもロ シア語の不明部分を教えてくれ心優しい。帰国で船の上から短信を打った時など「あなたは、もうそんなに も遠 くまで行ってしまったの!」と中 国語で返して来た。

 西単の「北 京図 書大厦」に行ったので、外語教学与研 究出版社の「走遍ロ シア」を買った。A4サイズの大きい教科書だが、MP3のCDも付き、印刷の字が大きいのが買った 理由 である。今まで使っているのはA5版で、持ち歩きも電車の中でも小さくて良いのだが、なにせ字が小さく、老いてます ます眼が悪くなっているJyJyには、長い時間ではとても眼が疲れる。

 イヤホンから聞こえた感じの音と、スペルから読もうとする音と が、時々食い違い戸惑うことがある。中 国語の時には少なかったのに、ロ シア語をやってみて、特にそれが頻繁に出てくる。「гля」と「жчи」の発音も、どうもMP3か ら流 れる音とちがう。以前の互相学習のマーシャに聞くと、合わさって三文字一音 節で 短く発音するようで、やっと疑問が取れる。時々音として聞こえ難い「Ы」や「Ь」や「В」などにも戸惑うことがあ る。スロー再生でも分からないそんな時に、留 学生に直接聞け教えてもらえるのはうれしい事だ。


   2009-05-21

また北京に来て、毎日がエンジョイ!

 久しぶりにこのブ ログを書いている。北 京へ 来るまえに済ますことが多くて、遠のいてしまった。いま再び北 京に 舞い戻ってきて、北 京の 刺激的な生活を過ごしている。

 北 京へ来てからの 朝は早い。5時に起床し5時半過ぎには、大学のグラウンドに向かう。快歩をしながら、耳にはロ シア語が流れ、それを大きな声を出して反復発声する毎日だ。朝それを45分やると本当に疲れ る。周 りにはそんな中 国人学生がところ狭しといっぱいで、大きな声でそれをやっても、まったくはずかしくないのが何 んと 言ったっていい。ここは日本では出来ない利点だ。周りからは大きな英語の朗読があちこちから耳に飛び込む。一般 の学生や舞踏専攻のきれいな学生も走ったり柔軟をやっていて、そっちに時折JyJyの眼が行くのはしかたな い。 「オレも一応は男だからな!刺激的だ!」

 前期に一緒に相互学習したマーシャは、いま大学受験の準備で いそがしい。それで相互学習は今回はやっていな い。しかし、周りには疑問を聞ける友人の環境はそのままだ。けっこう読めるようになった様子を聞いて、何人かのロ シア人やカ ザフスタン人の友人は、JyJyをほめてくれた。半年前とは格段に読めるようになった。だから 毎日 の練習はたのしい。

 中関村の図書城にロ シア語の別な教科書と、テープを買いに行ったが無かった。知り合いの先生に言ってみると、北 京大学出版社に直接電話で聞いてくれた。「己経没有了,没発法!」との答えが返って来た。別の を考 えることにした。あと半年、初見でもどうにか読めるようになったら、次は意味が分かって話すような段階に移ろ う。それを続ければヒ アリングに変化が見られるはずだ。中 国語の時にそうだったように。「さあ、それは何年先か!気は長い」


   2009-01-22

インターネット時代の海外の友人って身近!

  このイ ンターネット時代になって、海外の友人って言うのは、本当に身近になりました。中学や高校生のころ に は、英語で海外文通ってのもやりました。あの半世紀ほど前には、海外とは宇宙の果てのように遠い感じの友人達でし た。こんどのク リスマスには、何本もの「メリーク リスマスメール」が、北 京で 知り合った友人達から届きました。イ タリアフ ランスタ ジキスタンカ ザフスタンロ シア、タイやイ ンドネシア中 国台 湾な どなどの友人からいっぱい。これからもロ シア語中 国語やってゆく、「パワーになりますよ!ありがとう!」。

  語学を独学するっていうのはパワーが要ります。 (1)彼 らの国を旅したい、見てみたいという想いからの パワー。 (2)イ ンターネットでの交際からもらえるパワー。 その二つのパワーがいまのJyJyが語学を続ける 原動 力になっています。「実用初級俄語」も今週になって、やっと最後の三十課まで終りました。もう一度最初にもどっ て繰り返すつもりです。こんど北 京に行った時、ロ シア留 学生のマーシャに読めるようになったのを見て、「びっくり!」してもらわないとならない。

  最近よく、旧ソ ビエト圏のロ シアカ ザフスタンウ ズベキスタンなどユー ラシアの地図張をひろげ、旅をしている気分になっています。イ ンターネットで「YouTube」 に接続し、それらの映像を、サイトをサーフィン閲覧したりもします。日本から彼らの国を訪問するには、列車 (鉄 道)に乗って行きたいJyJyの意に反し、やはり飛行機が最良であるようです。「カルメキア共 和国」などは、モ スクワ経由で飛行機か高 速バス首 都エ リスタに短時間で行けるそうで、列車が走る鉄 道などは無いとのこと。他はタ ジキスタン首 都トゥシャンベも飛行機が無難なようす。どうにか他の彼らの国の首 都には、鉄 道が通っているようだ。「カルメキア共 和国」と並びモ ンゴル部族の流れをもつ、ロ シアの「トゥーバ共 和国」も鉄 道では行くのは無理なようだ。高 速バスならロ シアの他都市から有りそうだが。「それでも諦めないぞ!」。両 国は共に仏 教徒が多い、モ ンゴル系流れの衣食住の歴史的習慣も近い部族。「カルメキア共 和国」などの「カルメッ ク語」は、その60%はモ ンゴル語と共通な言語で、留 学生どうし普通に話しが出来ている。うらやましいなあ!

  それでは「列車の旅」を夢見て、今夜は「おやすみ!」。 MP3を聞いていたら眠たくなりました。


   2009-01-03

老いる、それは「輝く老後」でありたいね!

  新聞やニュースを見るた びに、日本のそして世 界経済の不安定情勢、年 金問題リ ストラ雇 用問 題などなど悪いことばかり耳に入って来る。「新年あ けましておめでとう!」と、笑顔で言えないこんな社会の中にあって、時間だけは着実に過ぎて行く。 「老 いる」人間にとって、それでも「上に政策れば下に対策有り」と、「したたかに生きる中 国人」に見習う必要がある。「輝く老後」にするか、「しなびた老後」にするかは、本人の意識改革と 生き 方次第なんだと、他をあてにせず自分自身でやって行くしかないのです。

  今年も、年頭から「ロ シア語や ろうかな!」と自然に思い出したように、しかも「気負いせず」に、「続ける事」を意識して 始めています。早朝ウォー キングをし公園でストレッチしながら。今年の目標は「実用初級俄語」を最後の30課まで、読め るよ うになることです。そして、二冊目の「活用俄語句型会話」に入れること。中 国語は、いまのレベルを 如何に保ち、単語のピ ンインを正確に維持できるか、が課題でしょう。大晦日の零時を回ってから、近くの神 社で年頭祈願をし、振る舞い甘酒を孫と家内と飲みなから帰って来ました。


   2008-12-20

暖かい日本に着いた日から、やること多し

  今回も天 津か ら「燕京号」に乗り神 戸港に着いた。この数年、船の乗客は定員の二、三十%程度で、乗客の少ない船の三日間はス ローライフ。朝起きてすぐ船の中を、一階から三階まで通路を歩き回り足腰の運動をしたら、ロ シア語ヒ アリングしながら反復する。それから朝のコー ヒーを立て、飲みながらパイプをくゆらす。この生活スタイルは船の中でも変わらない。語学は細くと も長 く「続ける」こと、スタイルを変えないことが最も大事だと思っている。三 ノ宮でいつものう なぎ屋で「ひ つまぶし」を食べ、日本に着いた実感を味わった。

  家に帰ってすぐ、IBMノートX24のセ キュリティソフトの入れ換えと、IEの入れ直しを行う。MSNのサインイン時のフ リーズも、どうやら治った。年末なのでやることも多い。停止していた家のパソコン8台全ての、セ キュリティソフト、Windows更新など、まずやってしまってから、持ち帰ったロ シア語のテキスト、「活用俄語句型会話」カ セットテープのMP3化を行う。カ セットテープの再生音をロー ランド社の「EDIROL UA−1ex」 を介しパソコンに取り込む。「Sound it 3.0 LE」で取り込み編集し、WAVファイルにしスロー再生に使う。さらにWAVファイルをMP3ファイルに変換して、モ バイル環境でもヒ アリングできるようにしておく。やっとそれが終わったら、さあ次は年 賀状の作成だ。そう考えると、今年もあと僅かな実感が沸いて来た。


   2008-12-04

きょうはマーシァと最後の相互学習

  先日からずっと、やっぱ りMSNが壊れてて、サインアップが出来きず、チャッ トはご無沙汰。きょうはマーシャとの最後の相互学習日だった。彼女のおかげで、だいぶ読めるように なっ て来て、本当にうれしい。昨日と今日の二日間、マーシャは私のために自分の日本語をやらず、ロ シア語だけに時間を作ってくれて、「ほんとうにやさしい子だ!」とそう思う。その気持ちのお返し に、あ の子のために、私のロ シア語の単本(日本語とロ シア語が書いた対比本)を、次に来るまで貸しておくことにした。いま使用中の「実用ロ シア語」も、30課中の16課まで、一年半かかってやっと半分まで進んだ。このまま続ける自信が出 て来 た。これが終わったら北 京で 今度買った、北 京大学出版の「活用俄語句型会話」の「初級」と「中級」本が、次の「基本」からの教科書にする予定 だ。 いま使用中のは商業語学出版社制の「一般向け」で、あちこちに間違いがあまりに多すぎるからだ(何人ものロ シア人が指摘する)。

  来年の秋にマーシャはどこか別の大学の本科に入る予定だ。 次に来た時、また相互学習できるだろうか。私も 更にレベルを上げたいが、あの子も日本語を「単本」を参考に「続けて行って!」と願っている。


   2008-11-24

あと帰国の日までもうすぐ!やっぱり友人はいい!

  帰りの船の予約を入れ た。先日、今年の野長城の登り納めをやったので、 帰る踏ん切りが付いた。来年の春の新緑と、花の咲く季節を楽しみに、帰る決心をつけたと言う感じだった。きのうは学 食で 偶然、以前に中 国語の相互学習していた、ハニービーに会ったので一緒の席で食事をした。相変わらず長い髪をたら し、日 本語を話す機会の少ない言葉をあやつって来る。中 国語で話すように進めても、日本語を通そうとするのが可笑しい。修 士だ けあって難しい日本語は知ってるが、話す機会が少ないのがネックになっている様子だった。さすがにヒ アリングだけは衰えてはいない。パソコンのウ イルスのため、以前の写真が壊れたというので、まだとってあったデータをUSBメモリに入れてあげ た。 ちょうど持っていた他の学校で教えている、中 国語の教科書「博雅漢語高級編」は、さすが高難度の単語が並んでいた。

  外 国語を勉強するきっかけから、いろいろな人と出 合い友人が増える。レベルが上がらず行き詰まった時、独りではどうにもならない気持ちの切り替 え を、彼ら友人たちからのエ ネルギーが助けてくれる。日本語を勉強している相互学習の中 国人達もまた、私達留 学生と同じなんだろうと思っている。留 学生どうしでも同じことが言え、「勉強どう?やってる?」、「頑張ってね!」、と言いあって挨 拶す るのは、とても楽しい。いま帰国の真近か「最近、不上課?」と、心配されて、「実はもうじき帰国だから」と、青 い眼の彼に言うと、さびしい顔をされた。「いや、来期の春にまた来るから」と言うと、こぼれる笑顔が返って く る。そんな時、また勉強続けようという気持ちが自然に沸いてくる。友人って本当にいい。

  きょう二年前にともに勉強したHKさんご夫婦と食事をし た。半年まえお会いし食事をした時には、残念なが らご主人が日本に帰国中だったので、ご主人とは二年ぶりの再会になった。なつかしくて、中 国語をきっかけにした、人との出 合いと再会に心の中で感謝しつつ、久々にうれしい食事をとることが出来た。宿舎に戻ると、舞踏 学部 の「舞踏節」の晩会をやっているというので、さっそく見に行った。携帯の短信で知らせてくれた山仲間のZHさん には、結局会えなかった。きっとどこかで入れ違ったんだろう。彼女は食事だテニスだと連絡して来て、短い時 間つ ぶしに付き合ってくれ、独りで行くことが多い私の「听力」の練習相手だ。部屋の外でた ばこをやっていると、携帯が鳴っているようだった。以前に約束し、日本語を勉強し始めたHSさ んか らだった。声 楽専攻の彼女も卒業をひかえて、外語検定試験だ、卒 業論文だ、卒 業演奏会の練習で緊張し疲れたようす。毎日忙しくて、最近は日本語の方もまったく出来ない。 MSN に出られないか聞いて来た。でも今晩はMSNの動作が途中で停止し変だ。出られない。きのうハニービーのUSB メモリに入っていたウィ ルスを駆除した、その影響なのか?やっと寝る間際になって、どう言うわけだか理由もわからず、 治っ てしまった。


   2008-11-18

よる年なみに、叶わんのか!

  ここに来て、腰痛が出て きてしまった。毎週のように野長城に登りに行っ たせいか。「野長城」がまるで、彼女みたいな存在になってしまった。中 国語の授業の方は早々に結束させ、週三日のロ シア語の相互学習以外は、時折り思い出したように、総合、口 語、 の教科書を、同室がいない時を見計らって、大声で読む程度。あと全てのパワーは爬山用に。朝と夜の快歩も欠かさず。 ところが、風邪もたたって腰痛になって来た。きょうは、さっそく盲人按摩に行って、至福の時間を過ごして来た。 ここでも新疆から来た田舎者の中 国人に、一時間按摩してもらいながら世間話して化けてしまった。一時間60元は、一日食費を20元 の節 約生活をしている身には、けっして安くはない額。北 京の 生活をしていると、10元(日本円でたったの150円なのに)にも、しみったれて来るな。山仲間と山行の話や、時折 りテニスを誘われたりする以外は、最近は、相互学習よりも、野長城にのめり込んでしまったからかな。「中 国語のレベルをもっと上げなきゃな!」と思いつつも、二ヶ月の滞在も残り少なくなってしまった。

  最近、ロ シア語を学んでいて、大変大事なことに気が付き始めた。ロ シア語を 話す場合に時折り感じるのは、「音」に必ずしもならない、しかし口や舌の動きが絶対無視で きない(キ リル文字での記述上では、はっきり有する。だから動きだけは無視できない)箇所があちこち数多 くあ ることだ。加えて、その時その時の単語の違いで発音が異なることも多い。これが「CD」や「MP3」からの音か らだけでは、ほとんどわからない。その辺をロ シア人のマーシャはしっかり指摘してくれ、口や舌の動きを見せてくれるので、大いに助かる。や はり 「音」からだけのと、「人」に直接教えてもらうのとの違いがここに有る。

  ロ シア語はどこも同じようで、ところが中 国は地方、地方で、言葉が違う、方言がある、アクセントも違う、言葉すら違うなど、違って当た り 前、通じなくて当たり前の国、最近これにやっと納得して来た。ときおり「你说的听不懂!(お前の言ってること判 らん)」と言われたとしても、けっして「你是哪国人?(お前はどこの国だ)」とは聞いて来ない様に化けられ る。 だからいつも「你是哪里人?(お前はどこの地方の出だ)」と聞かれる。言葉数がある程度以上あれば、日本語のな まりを取っ払って、中 国人の使うな まりイ ントネーションを身に付ければ、楽々と中 国人に化けられる。そんな、大きな、雑多な国、それが中 国だ。


   2008-11-13

不精者の充実した北京生活

 北京に またやって来てもう一ヶ月が過ぎてしまった。いま、ロ シア語の方はNHKテ レビ講座のを使ったあと、北京で 買ったVCD付き教育教材セット「実用初級俄語」をつかっているが、セット物だけあって、ロ シア人に見てもらうと、けっこう間違っていたり、不適切な言い回しがあちこちに見当たるそうである。一 般向 けの学校での教材用ではないので、たしかにそうなのかも知れない。基礎的な部分もかなり雑なので、さっそく言われて民族 大の宿舎からそう遠くない所にある「北京外 語大学」の書店に、学校向けの教材を買いにいった。

 中 国で の語学教材は、自国自身が少 数民族をかかえており、中 国語教育の教育体系/メソッドがしっかりしているという実績から、自国民の外 国語教育はもちろんのこと、外 国語人への語学教育においても、同様に教育体系/メソッドは他国に類を見ないレベルにある。した がっ て、教育教材においても、北 京大学、語言大学、北 京外 語大学、人 民大 学の各出版社を筆頭に、すぐれた教材の出版には競争にしのぎを削っている。欧米や旧ロ シア地域、ア ラブ地域、スパニッシュ地域、ア ジア地域、の外 国語教育の教育教材は、日本の書店で売られている一般向けのようなのと異なり、教育体系と/メソッ ドに 裏付けられた、非常に内容の良い教材が多い。

  外語大書店では「活用俄語句型会話」の初級と中級のを、カ セットテープも含めて買って来た。となりのページに中 国語の解説と、訳文がのっている。中 国語の訳文からすれば中級の本でも、わりと簡単な文章なのでなんとかなるだろう。いまは、キ リル文字で書かれた文章を「読めるようになる」、これが第一の目標で、意味はその次になる。最近は 数字 の数え方を習っている最中で、「相互学習」をやっているマーシャも、日本語の数字をおぼえるのに頭をかかえている。 数の数え時の数字と、月日で使う数字の読み方の違い(1日=ついたち、2日=はつか・・)、(3=さん/みっ つ、 4=よん/よっつ、)、(〜本=ほん/ぽん/ぼん)などなど。ロ シア語も数字の最後が「〜oe」や「〜o」や「〜a」に変わったり付いたり、やはり複雑でマーシャ と同 じようにあたまを悩ます。

 この北 京で は勉強も必要だが、同時にエンジョイもする必要がある。毎日の朝と夜には宿舎前の400メートルのグラウンドを、競 歩(快 歩走)で最低五周するのが目標で、一周に約4分以下が速度のねらいにしている。これを欠かさず続け、週末には、北京郊外の山や草木の生えほうだいの自然のままの野長城に足を のば す。交通費も安く金のかからない、じつに日本では味わえない、充実した生活がここ北 京に は有る。40才過ぎから何度となく北 京に 来るのも、この辺に理由がある。面包車を郊外でとっつかまえて、司机と2時間ほど世間話をダベッテも、やっと中 国人に化けられるようにもなって来た。化けた60まわった貧乏年 金生活者に は住み心地が良い。


   2008-10-22

不精なブログライターはやはり失格か?

 ブ ログを書き始めてみた ものの、頻繁に書くのはどうも不精者には合わない事がやっとわかった。が、しかし、書 き始めたからには、語学と同じように「継続する事が大事」と、続けることにする。

  いま、ロ シア語ロ シア人との「相互学習」も増やして、ほそぼそ成りとも続いている。ロ シア人と言っても「カルメニア共 和国」からの留 学生なので、ほとんど日本人と変わらない容姿をしている。「カルメニア共 和国」はカ スピ海の西側にある国だ。彼女も日本語を勉強したいと言うことで、代わりにロ シア語中 国語を仲介したかたちで「相互学習」をやっているというわけだ。まだ17才なので、60才を過ぎた わた しと比べると、「おいうえお」から始めても覚えるスピードは、わたしのロ シア語に比べれば各段に速い。今後どういうことになるのか心配だ。ちょっと、あせって来る。名前は 「マーシャ」です。小柄ながら学習心は旺盛だし、わたしに対しては宿題もだす。最近、キ リル文字で書かれた教科書の文章はある程度は読めるようにはなったが、文の意味がなかなか記憶でき なく て困っている。「どうして?」と「マーシャ」を悩ませている。「すみません!すみません!」 言葉はいくつか出て来 て話せても、その中でも意味がわかって話せるのは、まだ数が限られる。まあ、のんびりとやらせてもらいます。 「マー シャ!よろしくね!」


   2008-05-23

「目的じゃないヨ」言葉は単なるツール

 日本から来ている留 学生と話していると、時々、気がつくことがある。中 国語を学ぶことが「目的」になってしまっている留 学生がとても多い。「なぜ、何んのために中 国語を勉強しているの?」と聞くが、答えが返って来ない。十六歳の時に「やりたい事を考え」たくさ ん浮 かび過ぎ困った。あまりに「やりたい事」が有り過ぎたのだ。勉強も「興味があり必要な課目だけ勉強」して、関係のな い他の課目は成績が悪かった記憶がある。いまの若者は「やりたい事」より先に「勉強」が先にあるようで不可思議 な思 考法をする。理解しがたい。仕事の中でもそうだが、初めはそのつもりは無くても、いつの間にか自分でも気がつかない うちに、「目的」がどっかに行ってしまい、「手段」が「目的」になってしまっている事がある。しかし彼らはそん な感 じでもないようだ。初めから「手段」そのものが「目的」に入れ替わり、本来の「目的」があまりに「見えて来ない」。 そんな時に、DOURAKUジィさんはおせっかいを言う。

  「中 国語という言葉を覚えるのは、あくまでも手段。言葉は単なるツール(道具)でしょ?」と言って あげ る。中 国語という言葉を覚えるということは、中 国語の本などの印刷物の翻訳だけの仕事以外は、相手は自己主張の激しい生身の中 国人。意思が強情で意見をはっきり言う中 国人を相手にするには、どんな職種であれ「コ ミュニケーション力」や相手との「交渉力」が、もっと大切だと。これから中 国社会に向けて仕事をしょうとする留 学生。それなのに、相手にはっきりものを言えない留 学生、交渉もうまくできず高い値段で買わせられた留 学生中 国人とのコ ミュニケーションが苦手な留 学生、を多く目にする。大学の専攻が異文化論や異文化言語の学生であっても「考え方(志向)や 価値 観」が「日本人」そのままに固守する。「別な考え方や価値観」を理解し考えて、「自分も変えてみよう」と、そん なふうに自己意識改革しようとする日本人が非常にすくない。これでは、中 国人中 国に従属し、「交渉」などとは程遠い、中 国語がただ話せるだけの日本人が多くふえるだけ。嘆かわしい結果が見え見えだ。「国 益」にも関係する。「コ ミュニケーションし交渉が嫌いなら、あなた中 国人中 国に合わなそう!中 国語やめたら!」と、おせっかいな話になる。中 国語を使いこなし、中 国と、そして中 国人と「交渉」し「コ ミュニケーション」し、互角に渡り合える、ただの「英語を話せるYESマン」のようにならな い、「国 益」になる日本人が増える事を希望している。それは中 国自身も「文化交流や中 日友好」の裏には「国 益」をも重視し「日 本語教育」をしているのだから。 

  「<交渉力>ほど<語学レベル>に勝る事なし」

  留学中の毎日の生活の中に、この中 国人を相手の「コ ミュニケーション力」や、物を売る相手との「交渉力」が、そのための訓練のチャンスであるは ず。な のに、若い留 学生は「それは苦手だから」と諦め、正札のデパートに行く。一方リタイヤ組の年配留 学生は「めんどうだし、別な店で今度は買うよ。今回は勉強!」と理屈に合わない逃げ腰の返事。 なの に高いものを買わされ「不満」だけを言う日本人。別な店でこんど買うなら「勉強」にもなりゃしない。本当の「勉 強」と言うのは、「次回も同じ店にまた行って、前回損した分の元を取り戻すくらい、安く買う意気込みが必 要。そ れが本当の勉強でしょう」と私は言ってあげる。まったく「骨 董市」などでの値段交 渉と同んなじことが言える。「次は別な店に行って、何んの勉強だ!高いだの売 る態度が悪いなどと、初めから言うなよ!」と、おせっかいにも感じる私って、もうすでに「日本人」では無くなっ たのか。私にとって「コ ミュニケーション余裕幅の少ない日本人を相手に、ほんとの所、コ ミュニケーションが難しくって!」。子供のころから、とことん議論でないと納得しない DOURAKUジィさん、どうも日本人感覚ではなかったのでしょうか。

  自分の価値観や考え方、コ ミュニケーション力とその余裕幅(多少の事があってもコ ミュニケーションを続けようとする意識の強さの幅)は、異国に入ったら寛容に変え対応する必要 があ る。それが出来なくて、鼻から中 国人に対し不満だけを感じて愚痴だけを言っている。そんなのを見ると「中 国語を学ぶなんてやめたら!」と、DOURAKUジィさんはついつい思ってしまう。日本人客に 対し 「日本人はお人良しで値段高くてもやつら買って行く!」と思っている中 国人が多い。彼らのその先入観を「ぶち破りたい日本人」のこの私って「CRAZY?」。還暦過 ぎて も精神は若者よりもっと若い「青春真っ只中」です。


   2008-04-23

北京からの留学報告その2

 時間がたつのは速いも の。あっと言う間に2ケ月半が過ぎてしまう。4 日間の「期中考試」もあしたで終り、もうじき帰国の日が近づいている。去年は半期だけで「速いな!」と思った が、今回は特に感じる。しかし、今回はかなり成果もあった。中 国人留 学生との再会で楽しめた事と、ロ シア語の勉強にロ シア語圏の留 学生と話せた事以外に、なんと言っても中 国人の登山グループと知り合えた事だ。毎週のように北京郊外の山に登れ、野長城を歩け、農家の民宿(農家 院)に 始めて泊まれ、やっとこれで「老北 京」の仲間入り出来るか、みがきがかかって来た。新しいバス路線にも熟知して来たし、郊外の路 線で の乗り継ぎ、「面包車」での「打的」も一人でも容易になり、ほとんど慣れてきた。おかげで顔がまっ黒に日焼け し、「また山へ?」とみんなに言われるのはしょうがない。バスでは「老人」に見られるようで、いつも席を譲 られ ると言うのに。なんか「悪い気分がする」。さあっ次回の北 京留学でも「あっちこっち行けるゾ!」とDOURAKUジィさんはニンマリ顔だ。

 語学の方と言えば、最近少しロ シア語の「ルルルル・・・」の巻き舌も、かなり出来つつあり、キ リル文字も読めるようになりつつある。中 国語より最近はロ シア語の方が、レベルアップが感じられるぶん楽しくなって来た。二月に来た当初よりも中 国語の聞き取り(听力)力も、少しもどり、良くなったなと思っているのに、もう帰国が迫り 残念 な気分がしきりに感じる。帰りも来た時と同じ「燕京号」に乗り神 戸港に着くが、三 宮で「ひ つまぶし」を食べるのが楽しみだ。なんと言っても関西風の「う なぎ」は香ばしくて超うまい。


   2008-03-29

勉強ばかりじゃと山登りから帰ったら公安警察に拘束!

 北京に 留学し始め3週間もたち、毎日の中 国語の授業や、予習だ、復習だ、宿題だ、と続くと、脳みそだけ運動しているようで体がむずむず。いくら広い 構内 を学生食堂、構内のスーパーにと歩きまわっても、一日10000歩ていど。このDOURAKUジィさんも刺激がほしくなる。

 見つけたのが中 国人学生だけの山登りのグループ。さっそく声をかけたら、留 学生でも仲間に入れてくれた。借りたシェラフなどを、借りたアタックザックに詰め、北京郊 外の山に登った。天幕の夜は氷 点下に下がり夏用シェラフはすこぶる寒い。

 帰ってきたらチ ベットの騒動で中央民族大の中は緊迫状態。軍に殺された人をいたみ赤いロウソクを灯し、静かに追悼の抗議の座り込みが続く。周りは公安警察がとり囲み異様な緊張 感が ただよう。けっこう他の中 国人学生や留 学生デ ジタルカメラで写真を撮っていたが、山のザックを置きに帰り、遅れて撮り出したDOURAKUジィさんや、 他の 何人かは公安警察に一時拘束されてしまう。

 1967年当時の若い時のようにフツフツと血が騒ぎ出す。「超リーハイ(利害)」な気分で楽しい。しばらくぶりの「山 行」 とこの「騒動」。気分は頂点に達する。DOURAKUジィさんの抗議内容はご想像にまかせる。

 なんとか拘束を解かれうきうきし、宿舎に帰り「白酒(バ イチュウ)」をあおってぐっすり寝た。16日夜の騒動はさっそく夜中に日本の「朝日」などの報 道機関に写真と情報メールを3度にわたって経過を送る。その後構内と外部とのネットも一時完全に絶たれた。 15 日,16日の週末山行だったのに、また来週も山に誘われている。待ち遠しい。


    2008-03-04

北京からの留学報告その1

 北京に 着いて二週間が経った。班分けの試験でクラスも決まり、先週の月曜から中 国語の授業も始まる。中 国語の勉強ももちろんだが、ロ シア語圏からの留 学生からロ シア語を教えてもらおうとの企みは、まあまあ順調に進んでいる。

 バリバリの白 系ロシア人からは対応が芳しくないが、他のロ シア語圏のカ ザフスタンキ ルギスタンからの留 学生からは、親切に対応してもらっている。運が付いてきたのか、今日はロ シア人なのだが日本人に顔立ちが似た、けっこう背のたかい少 数民族の美人と互相学習の約束がとれた。このジイさん「ニンマリ顔」で、昔はやった「か ぐやひめ」の歌ではないが、「明日天気にな〜れ」と、今日はルンルン気分だ。家に居る時とちがい、毎日「中 国語の合間にロ シア語をわずかやれればいいか!」のレベル以上にやれてて、気分は快調だ。なにせ聞ける人がそばいるという のは 「最高!」。効果に自分でも驚いている。

 日本に帰ってからがかえって心配だ。あいかわらず「ルルルルル」が出来なくて、それでも「ハラショ」と慰められてい る。同 室は19才のモ ンゴル人の少年で、毎日がけっこう楽しい。一日があっという間に過ぎて行く。その子と前から教えているウ イグルの子に、日本語を教え始め、それに宿題,予習,復習もあるわけで、2時に寝て6時起きが、けっこうし んど い。

     2008-01-30

NHK<シベリア鉄道2008>が刺激的!

 NHK−BS1 で、「シ ベリア鉄道2008」が放送されると言うので、たのしみにしていた。その放送がはじまった。ちょうど孫 を寝 かす時間帯なので、さっそくパソコンに録画の予約と、自動の起動/停止をセットする。録画したのを再生ししつつ、ロ シアの地図をひろげると、出てくる地名一つ一つに行ってみたい気持ちが湧き上がって来る。

 最近、ちょっとロ シア語のペースが落ち気味だが、「遅くても止まらず続けるのが重要だろう!お前!」と。そう自分の 「心」に再度確認し、DVDを流しながら今さっそく「3課」を聞いている最中だ。何度も「シ ベリア鉄道2008」を見るために作ったDVDだ。全3回の150分が一枚のDVDに入るように、 2400kbits/secで再コー ディング圧縮し直しDVDにした。ちょっと画面の動きが早い時のイ ンターレースが目立つ。かえってDivXにして、4.7GBのDVD−Rに入る、4,377MB程 度に してもよかったのかな。

 「シ ベリア鉄道2008」はロ シア語の勉強には刺激的だった。語学の学習はときに気持ちの停滞と、心の忍耐不足にムチ打って続け る。 それは時に苦痛である。始めたロ シア語の学習にも、これから、なんども何度も起きるだろう。その時にこのDVDを見ようと思う。 きっ と、力になってくれることを期待して。


    2008-01-12

ロシア語で言った、ひとり言に気づく!

 大晦日の零時を回り、新年を迎 えさっそく、近所の五社神社に 孫と連れ立ってお参りに行った。お賽銭を投げ入れて手をあわせる。帰り道、気がつくと「実用初級俄語」の一文を口ず さむ 自分に「あれっ」と思う。聴くだけで何となく頭に残っている「文章」、中 国語をやり始めたあの 時と同じだった。「おおっ!入っているじゃん!」と嬉しくなる。夜中で静まりかえり、 自分と孫の足音だけが響く帰り道、口の中でぶつぶつ言いながら家に帰ってきた。

 いま、「一課」は意味は聴いてもまだだが、ふりがな無しでキ リル文字の文を、(頭に残った音が流れ出し始め)読めるようになって来た。これらの「変化と効果」 が感 じられるのは、中 国語をやった時の経験があるからで、とても助かっている。何か外 国語を一つやってみた経 験のある人は、皆んなそのように感じるのだろうか。「変化と効果」が感じるられると、「やる気が出てくる!」という ものだ。

 単語の後の部分に「〜ся」が付くのを「СЯ動 詞(シー アール動 詞)」 と言うんだそうだが、その「СЯ」の部分は「〜ツァ」と読むようで、でも格変化を習うのは「中級」からだとか、NHKロ シア語講座で言っていた。また「〜мы」は「〜ムィ」と読むようで、その「〜ツァ」や「〜ムィ」も やっ と読めるようになった。更に「〜ть」や「〜сь」が次の課題。


   2007-12-23

巻き舌の「ル」の発音が出来ないよ!!

 きょうは横浜に、 むすめの嫁ぎ先でク リスマスをやって帰って来る孫を迎えに出る。バスと電車の中で北京で 買った「実用初 級俄語」を聴く。往復の電車で2課から4課の「速読」 を声を出さずに、口の小さな動きだけで行うのは中 国語の時と同じ。イヤホンからは電 子辞書の中のMP3が流れる。パソコンのように「EasyPitchPlus」ソフトを使ってのスロー再生 はで きない。話に聞くにはMP3で出来る携帯プレーヤーが有るとか無いとか。電 子辞書北京で 買った最上位機種「好 易通真彩翻訳王9888」上海の 大手メーカー製。故障もなく(雑音混入もまったく無し)、もう一年以上使っている。

 カラー表示の電 子辞書で、2つの「MiniSD」 スロットを有し、いま両方で4GB入れてある。USB接続でパソコンと同期させデータやりとりが可能。カラーの動画 表示 ができ、手書き認識する液晶タッチ操作パネルを有し中 国語はもちろんだが、「日本語」「韓 国語」「英語」にと、バ イリンガルの表示が可能なのは、日本のメーカーにはないすぐれた点。認識や検索した単語を電 子音声で発音し、四声の確認ができるのは大変良い。北京留 学時には留 学生達の間でたいへん人気が有った。かなりの学生が買っていた一品だ。値段は日本の白黒の電 子辞書と大差なく、手書きペン入力の認識も可能なタッチ液晶パネルは特にすぐれもの。

 どうもロ シア語は「P」(ル)の巻き舌の「ルルルル・・・・・・」と震えさせられない。家内は「簡単に出来る よ」と いうので不思議だ。「コーラスでやるから」とのこと。それから分らないのが「・・ー・・」と伸ばす発音の箇所だ。「Й」 のように上部にマークが親切に必ずしも入っていない。カタカタの振 り仮名は、中 国語を習った時と同じように使わないと決めている学習法なので、まずキ リル文 字を読めるようになる必要がある。「Ж」「Д」「Ф」「П」などの発音は最近わかって来たが、 「Л」「Ц」 「Ы」「Ю」はまだだ。「Ш」と「Щ」や、「Ъ」と「Ь」も同んなじに見えごちゃごちゃだし。きょうは電車の往復で3課 分やったので、かなり疲れたようです。終着駅に着くころには、つい寝てしまいました。


    2007-12-18

中国留学の準備

 中国留 学には留学ビザが 必要で、一年以内であればFビザを、 それ以上ではXビザを 取る必要がある。

 まず、最初に留学したい大学へ(今回は北京の 中央民族大学)直接、郵送で「外国留学人員留学申請表」を送った。ここも含め大抵の大学はネットから用紙フォームは 手に入る。「中国留学情報」などのサイトが参考になる。今回は3週間かからない で、国家民族事務委 員会国際局の丸印の押された「外国留学人員来華査証表/JW202」と、民族大の丸印の押された「録取 通知書」が送り返された。

 ここ迄は費用はかからず写真代程度。大学によっては60才以上だと健 康診断書が必要。早速、それらとパ スポートを、「中 華人民共和国査証申請表」(大 使館の3階に用紙は有るし、大 使館のネットにも有る)に添えて六 本木大 使館し持って(3階に)行き提出する。

 普通で4日後に出来上がる。先に1階の受付に「受付預かり書」を 提出。示された3000円の「計算書」を受け取り、自動券売機に料金を払う。「受領書」と「計算書」を持って隣の 「1番窓口」に差し出すと、ビザの シールが貼られたパ スポートを受け取る事ができる。これらの手順はいたって簡単で、この年寄りでもそう難しくはなかった。

 中 国へ は、なんと言っても船便が安い。 (注:2014年時点では「燕京号」はルート廃止)  「録取通知書」(入学許可証)もあるので、神 戸か ら天 津ま での「燕京号」は「学生割引」が使える。一等A室で往復オープンで 36,000円だった。今は他に往復2,000円の燃料油調整金が加算され飛行機と同じだ。Webで予約し銀行 振り 込み可能。「燕京号」には、当日に「録取通知書」を見せ、買った往復乗船券をもらい乗船する。オープンなので帰る時 は北 京か ら天 津港 チャイナエクスプレスに電話で事前予約する。のんびりの船旅は会話のチャンスにもなるし楽しい。50時間(中1日の 二泊三日)はあっという間で天 津港 に接岸する。


   2007-12-11

語学学習のツールとJyJy流のやり方

  中国語 ロシア語、そして ウイグル語の勉強に、CDデータをMP3とWAV形式のファイルに変換する。MP3は携帯の端末用に、 WAV 形式ファイルはパソコン用に。WAV形式はフ リーソフトの「EasyPitchPlus」を使って再生速度をなれるまで遅くして聴く。 聴きなれるにしたがって再生速度が上げられる。 「EasyPitchPlus」は音程を保ちつつ速度が可変できる、とても便利なツールです。 中国語をおぼえ始めたころは カセットテープしかなかった時代。その数年後からはMDも出来て繰り返し聴きも楽になりました。 現在はといえばパソコンや携帯端末の時代で学習環境もずっと進歩してきました。ソフトのサイトはこちらhttp://www.vector.co.jp/soft/win95/art/se353931.html

  中国語をはじめた時とおなじように「速読」 が ロシア語 ウイグル語も最初です。意味なんかわからなくても、わかろうと思わなくても最初はいいんです。 流れてくる声を追いかけて「幼児」のように「まね」してしゃべるんです。 初めは部分的にしか追いつけないですよ。でも気にせず言えない部分は飛び越し、 追いついて言える箇所だけで良いですね。だんだんと聞きなれると「追いかけて、また、追いかけて」すると、 少しずつ追いつけ言える箇所が不思議と、少しずつですが増えて来ます。

 それでも「意味」なんて知りたく思う必要はありません。 今、そんなことをやる程度の、そんなレベルですがあせる必要はありませんね。 ロシア語 ウイグル語を始めたばっかしの状態ですよ〜!!

 きょうは(北京で 買った) 中国語版「実用初級俄語」の「第1課 結識(知り合う)」の一週間目です。 スピードは元の速度の50%から60%にしており、かなり遅いです。 中国語の解説なので、これがまた良い効果があるんですね。かえって脳ミソが 母国語の日本語に フラッシュバックしなくていいのですよ。不思議ですね〜!?!? 中国語での説明だと 母国語でないせいか、脳ミソが別な記憶域におさまり易く、かき乱されないんです。

 きょうは 年賀状も作成中だったので忙しく、 ウイグル語の方は手が付きませんでした。

   2007-11-08

シニアの語学学習ブログこと始じめ

  シニアになってからの語学は記憶力も衰え、おぼえるより忘れる方が多い。毎にち何をやったか忘れないよ うに、 ブログにでも書いておくことにしよう。

 JyJy(ジィジィ)は、今ここ北京でいかにしておぼえた単語を 忘れないか、 「 中国語をおぼえる」と言うより、忘れないようにする方に「悪戦苦闘」している毎日です。 脳ミソの老化防止に今年からはじめた ロシア語は、旅行で困らないていどのレベルが目標になった。

 ウ イグル 語も旅行会話を目標のレベルにしよう。 北京から シルクロードの西域をまわり、 アジアを横断する大陸横断 鉄道に乗って ロシアまで、のんびり行くのが「あの世からお呼びがかかり」死ぬまでの夢なのです。

 「 北京で知り合った多くの 留学生の皆んな!!もしも私が生きているなら、きっと君らの国へ行くからね!」「 タジキスタンのタリー!、 カザフスタンのマッハパリ!そしてキルデン!、ウズベクのアブド!、 トルコのクシャドゥ!、またきっと会いましょう!!」

 この ブログが、おなじ シニア 団塊世代の皆さんの参考にでもなればとてもうれしい。また ブログへご助言もいただ ければ、レベルアップの糧にもなろうかと願っています。




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